売買契約書のトラブル

アドバイス
 

 


 
 

本当の代理人ではない人物と売買契約を締結してしまった

◎事案の概要
売買契約書のトラブル1
媒介業者Zは、土地所有者であり売主であるBさんの代理人と称するCから、Bさんの発行する「白紙委任状」と印鑑証明書・登記済証等を見せられ、「自分が全て委されている」とのことで、Bさん所有の土地の売却依頼を受けました。
媒介業者Zは、この土地を3,000万円で購入するという買主Aさんを見つけましたが、この土地には銀行の抵当権と第三者Dの所有権移転仮登記がついていたため、この銀行およびDと交渉し、銀行に2,000万円、Dに500万円を支払うことにより、一括決済で各権利の抹消登記を行う旨の合意を取り付けました。
売買契約締結の当日、売主代理人C、買主Aさん、銀行担当者、仮登記権利者D、媒介業者Zおよびこの契約に関する登記を行う司法書士が一堂に会し、一括決済が行われました。その際、媒介業者Zは、代理人Cの持参した売主Bさん名義の登記済証、委任状および印鑑証明書を受け取り、司法書士に渡して完了しました。
ところが、その後委任状の記載内容の訂正が多かったので、不審に思った司法書士が調べたところ、売主BさんはCに土地の売却を委任したことなどなく、金融を受けるためCに対してBさんの実印を押した白紙委任状や印鑑証明書を渡したことがあったという事実が判明しました。
しかも、その白紙委任状や印鑑証明書の実印は、契約の数日前にB本人によってすでに改印されていたのでした。
売主Bさんは「Cは私の負債を整理してやると言ってきて、一時期、金融業者から融資を受けるために、私の実印を押した白紙委任状や印鑑証明書、不動産登記済証をCに預けていたことがあったが、挙動不審だったので実印を改印したのだ」と言いました。
一方、代理人と称するCは「売主Bに債務整理の話をしたのは事実だが、その中で土地の売却も含めた整理の件も話してある。だから売主Bは土地の売却を了承しているのだ」と主張しました。
買主Aさんは「売買代金3,000万円全額を支払ったのだから、媒介業者Zの責任で早急に所有権移転登記をしてもらいたい」と要望しました。
媒介業者Zも「代理人Cは売主Bさんの実印を押した委任状を持参していたし、またBさんの所有権を移転するのに必要な書類も持参していたから、Bさんは本件土地の売買を当然承諾していたはずです。したがって売主Bさんは所有権移転に必要な書類(改印後の実印を押した委任状、印鑑証明書)を速やかに買主Aさんに交付すべきなのです」と主張しました。
 
◎結論
媒介業者Zは、売主Bさんの所有権を移転してもらうため、解決金(判子代)として100万円を売主Bさんに支払い、買主Aさんへの移転登記を完了させました。
一方、売主Bさんは、代理人Cから400万円を回収し、このトラブルを解決しました。
 
◎アドバイス
本事例の問題点は2点あります。媒介業者Zが代理人Cから「白紙委任状」を見せられた段階で、依頼者(売主Bさん)本人に依頼事項の内容確認を行わなかった点と、売主Bさん本人が契約の場に来ていないのにもかかわらず、媒介業者Zが売主Bさんは本当に本件土地の売買を承諾しているのかの確認を怠った点です。
「白紙委任状」は、委任する範囲が定まっていないので、後日代理人が勝手に委任事項欄に補充・記載しても、本人の意志に反する限り、原則として本人に効力は生じません。その場合、「表見代理」が成立し、代理権があったのと同じ効力を生ずる場合もありますが、それは理論上のことであって、当事者間に紛争が生じ、事実としては契約関係が円滑に進まないことに変わりありません。
例え印鑑証明書付きの委任状があったとしても、それが白紙委任状であったのだからなおのこと、事前に本人の意志を確認することが必要だったのです。
まず、契約前には、媒介業者に対して代理人の代理権の有無を確認させましょう。さらに、売買契約の決済の場に売主が出てこない場合は、売主が本当に売買を承諾しているのかどうかを再度確認してもらうことです。
なお、本件のように実印を改印していることもありますから、印鑑証明書は売買の決済日にできるだけ近い日付のものをもらった方が安全といえます。
 
◎参考
白紙委任状:委任状の受任者欄または受任事項欄を記載せず、その決定を相手方またはその他の者に任せたもの。決定を任せられた者(補充権者)が白地を補充したときに、委任状としての効力が生じます。
表見代理:代理権を持たない者を信用して、相手方がその者と契約を締結した場合、相手方が善意・無過失である場合において保護され、その契約が有効とされるというものです。取引の相手方が、行為者を真実の代理人だと信じるに至った正当な理由がある場合に、この表見代理は成立します。
 
 

住居建築用に買った土地の実測面積が公簿面積より約5%少ないことが判明した

◎事案の概要
売買契約書のトラブル2

 買主Aさんは、業者との専属専任媒介のもと、所有地公簿面積177㎡を、坪単価68万円で売却したい旨、売主Bさんから申し入れられました。Aさんはこの土地を住居建築用に買いたいと考え、業者を通じて坪単価の値下げ交渉をした結果、坪単価65万円に値下げしますとの解答を得ました。そこでAさんはその価格で土地を購入しようと考え、業者との間で専属専任媒介契約を締結しました。
Aさんと業者とが締結した媒介契約書には、本件土地の実測面積が177㎡、公簿面積も同様である旨書かれていましたが、重要事項説明書には「登記簿177㎡(53.54坪)」と記載があるものの実測面積欄は空白でした。
また、Aさんは業者に対し、実測図面を要求したところ、業者から本件土地が177㎡である旨記載された公図の写しを渡されました。Aさんはこの図面で実測面積が177㎡であることが確認されたと考え、それ以上実測図面を要求しませんでした。そしてAさんは、売買物件の表示欄に「全て面積は公簿による」旨記載された契約書により売買契約を締結しました。
ところが6年後、Aさんは住居を建築する目的で本件土地を測量したところ、実測面積が、本件売買契約書に表示された公簿面積よりも約9㎡不足していることがわかったのです。このためAさんは、売主Bさんに対して売買代金の減額を求めて訴えを起こしました。
媒介業者は「契約書に『全て面積は公簿による』と記載しており、いわゆる公簿売買であり、数量指示売買には当たりません。したがって実測面積との相違があったからといって売買代金の減額はしない契約と解釈していますが…。」と主張しました。“数量指示売買”とは、当事者において目的物の実際に有する数量を確保するため、その一定面積、容積、重量、員数、または尺度があることを売主が契約において表示し、かつ、この数量を基礎として代金額が定められた売買とされています。
 
◎結論
本件は最高裁において、
1.Aおよび売主双方とも実測面積が公簿面積に等しいとの認識を有していたことがうかがわれ、この面積に坪単価を乗ずる方法により代金額を算定することを前提にして坪単価について折衝し、代金額の合意に至った。
2.実測面積以外の要素に着目して本件土地の売買金額の決定に至ったと認める事情はうかがわれず、「全て面積は公簿による」旨の条項が存在することをもって、直ちに公簿面積を基礎として売買代金が決定されたと断言することもできない。
3.以上から、本件売買契約においては、本件土地が公簿面積どおりの実測面積を有することが表示され、実測面積を基礎として代金額が定められたものであるから、本件売買契約は数量指示売買に当たり、代金減額請求ができる
との判断が示されました。
 
◎アドバイス
民法565条にいう数量指示売買とは、不動産取引の実務においては、実測面積を表示して、売買代金を決定するいわゆる実測売買がそれに当たります。
これに対して、公簿面積を表示して実測面積と公簿面積の差を清算しない取引方式は、公簿売買と称されますが、公簿売買の場合は、売買契約書上で「実測面積と表示面積に差異が生じても、売主、買主は売買代金の増減の請求その他何らの意義を申し立てない」旨の趣旨を明記し、相手方に十分説明しておく必要があり、これを怠ると原則としていわゆる数量指示売買と見なされるべきものになると考えられています。
業者は売買契約上でその旨の趣旨を明記しておらず、Aさんにも説明をしませんでした。もし本件のように売買契約書に趣旨が明記されておらず、また業者からの説明もない場合、トラブルを未然に防ぐためには「これは数量指示売買ですか?」と確認し、説明に納得した上で契約することをおすすめします。
 
 

手付放棄で契約解除しようとしたところ、売主業者が履行に着手したとして違約金を請求してきた

◎事案の概要
売買契約書のトラブル3
買主Aさんは、平成12年5月9日、売主業者から土地(市街化区域内の農地)を代金1,880万円で買い受ける売買契約を締結し、同日に手付金30万円を売主業者に支払いました。しかしAさんは、同月16日、売主業者に対し手付放棄による契約解除の意思表示をしました。
ところが、売主業者は、同月11日、本件契約に基づき農地転用届出書を管轄の農業委員会に提出し、すでに契約の履行に着手していて、もはや手付放棄による契約解除は認められないなどと主張し、違約条項に基づき、354万円余の違約金請求訴訟を提起してきました。
本件契約の手付解除の規定は、「売主及び買主は、相手方が契約の履行に着手するまで又は標記期限(平成12年5月26日)までは、この契約を解除できる」となっています。
Aさんは、この文言は、例え売主が5月11日に契約の履行に着手したとしても、5月26日までは買主は手付放棄によって契約解除できることを定めたもの、つまり手付放棄・手付倍返しによって一方的に解除できる期限は上記いずれかの一つを満たしていればよいと解するのが相当だ(以下「乙解釈」といいます)と、主張しています。
売主業者は、「手付解除の条項は、「相手方が契約の履行に着手しても、5月26日前ならば、この契約を解除できる」とは規定していません。これは、手付解除ができるのは、相手方が契約の履行に着手するまでか、または相手方が契約の履行に着手していないとしても、5月26日に限られるという主旨に解すべきだと思います。(以下「甲解釈」といいます)。」と主張しています。
【手付解除の規定】
「相手方が契約の履行に着手するまで、または平成12年5月26日まではこの契約を解除できる」
・甲解釈
「相手方の履行着手」または「5月26日」のいずれか早い時期まで手付解除できる。
・乙解釈
「相手方の履行着手」または「5月26日」のいずれか遅い時期まで手付解除できる。
 
◎結論
第一審は、「甲解釈」を正当と認めて売主業者の請求を容認し、買主Aさんに違約金の支払いを命じましたが、第ニ審では「乙解釈」を正当と認めて、一審判決を取り消し売主業者の請求を棄却しました。
 
◎アドバイス
宅建業法には、宅建業者が自ら売主である場合、「甲解釈」のように売主業者の履行着手前における買主の手付解除を制限すると、買主に不利な特約となり無効となります。また、売主業者は、本件売買契約締結日のわずか2日後に履行に着手したとして、本件条項の甲解釈に基づき、Aさんの手付解除は認められないと主張していますが、このような解釈は、Aさんの手付解除の利益を実質的に奪うものであって、採用することはできません。
本件は、手付解除条項をどう解釈するかが最大の焦点として争われていますが、一審と二審で対立した見解が示されたものです。そもそも、業者売主・消費者買主が買主に不利となる手付解除期限を設ければ無効になります。
買主は、業者側が「甲解釈」のような条項を使っていないかどうか確認し、明確にしておくことをおすすめします。
 
 

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